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高齢の男性はいつも自分のために映画のチケットを2枚買っていた──ある日、私はその理由を確かめることにした【ある日の物語】

月曜日ごとに二枚のチケットを買う老人

毎週月曜日、私は一人の老紳士を見つめていた。
彼は必ず「映画のチケットを二枚」買うのに、客席ではいつも一人で座っている。

好奇心がどうしても抑えられず、ある日とうとう私は彼の隣の席を買った。
そこで語られ始めた物語が、まさか私自身の人生と絡み合っていくとは、そのときはまだ想像もしていなかった。


私にとっての古い街の映画館

あの古びた街の映画館は、私にとってただの職場ではなかった。
映写機の低い唸りが始まると、世界の悩みや不安が一瞬だけ消え去るような気がした。

高齢の男性はいつも自分のために映画のチケットを2枚買っていた──ある日、私はその理由を確かめることにした【ある日の物語】

バターたっぷりのポップコーンの香りがいつまでも空気に漂い、
色あせたビンテージの映画ポスターたちは、私の知らない黄金時代の物語を、壁越しにそっと囁いてくるようだった。

その映画館に、月曜の朝になると必ず現れる常連がいた。
名前はエドワード。彼の来館は、まるで日の出のように規則正しかった。

他の客たちは、慌ただしく駆け込んできて、小銭やチケットを探してもたつく。
けれどエドワードだけは違った。


「二枚お願いします」と言うのに、いつも一人

エドワードは、静かな気品をまとっていた。
背はすらりと高く、細身の体にきちんとボタンを留めたグレーのコート。
丹念に撫でつけられた銀髪が、カウンターの上の灯りを柔らかく反射する。

そして彼は、必ず同じ言葉を口にする。

「午前の上映を二枚ください」

そう告げるとき、彼の隣には誰もいない。

その日も、氷のように冷たい12月の風を受けた指先が、私の手にかすかに触れた。
私は笑顔を作りつつも、心の中では疑問が渦を巻いていた。

どうして二枚? もう一枚は誰の分?

「また二枚?」
レジを打ちながら、同僚のサラが私の背後から茶化すように言った。
「きっと昔の恋人のためよ。クラシックなラブストーリーってやつ」

別の同僚スティーブが、鼻で笑いながら口を挟む。
「いや、幽霊彼女だろ。幽霊と結婚してるに違いないって」

二人は笑ったが、私はどうしても笑えなかった。
エドワードには、そんな軽口を叩いていいような雰囲気がなかったからだ。

「今度聞いてみれば?」と何度も自分に言い聞かせ、
あれこれ台詞を頭の中で練習してみた。
けれど、いざ本人を前にすると、勇気はいつも喉の奥で凍りついてしまう。

所詮、お客さんのプライベートに踏み込む権利なんて、私にはない――そう自分に言い聞かせていた。


仕事が休みの月曜日、私は決心した

次の月曜日、状況が変わった。
その日は私の休日で、ベッドの中で丸くなりながら、
窓のふちを白く侵食していく霜をぼんやりと眺めていた。

そのとき、ふと一つの考えが浮かんだ。

あとをつけてみたら?
スパイ行為ってわけじゃない。ただの好奇心。
もうすぐクリスマスだし――奇跡や不思議を信じてもいい季節だ。

外に出ると、朝の空気はきりりと冷たく澄んでいて、
通りに飾られたクリスマスのイルミネーションが、いつもより強く輝いて見えた。

映画館の暗い客席に入ると、エドワードはすでに座っていた。
スクリーンの淡い光に照らされて、彼の姿が影絵のように浮かび上がる。
背筋は相変わらず真っ直ぐで、姿勢にも表情にも、どこか目的を持った静けさが漂っていた。

私に気づいたのか、彼は視線をこちらに向け、わずかに微笑んだ。

「今日は仕事じゃないんだね」

私は彼の隣の席に腰を下ろした。
「あなたが一人でいるのを、何度も見てきたから……。誰かいてもいいかなって思って」

エドワードは小さく笑った。
その笑いには楽しさより、ほのかな哀しみが混じっていた。

「私がここに来るのは、映画のためじゃないんだ」

「じゃあ、何のためですか?」
好奇心を隠しきれずに問い返す。

彼は背もたれに身を預け、両手をきちんと膝の上で組んだ。
しばらくのあいだ、話すべきかためらうように沈黙が流れる。
それから、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


エヴリンという名前の女性

「昔ね、この映画館で働いていた女性がいた」
彼の視線はスクリーンに向けられたままだった。
「エヴリンという名前の人だ」

私は口を挟まず、ただ耳を傾けた。
急かしてはいけない種類の話だと、直感でわかったからだ。

「彼女はね、派手に人目を引く美人じゃなかった」
唇の端に、淡い笑みがよぎる。
「でも、一度目にしたら忘れられない。
 頭に残り続けるメロディみたいな人だった。
 ここで働いていてね。私たちはこの場所で出会った」

彼の言葉から情景が浮かぶ。
人で賑わうロビー、映写機の光が彼女の横顔に落とす揺れる影。
上映と上映のあいだ、短い会話を重ねていく二人。

「ある日、彼女の休みの日に、朝の上映に一緒に行かないかと誘ったんだ」
エドワードは続けた。
「彼女は『行くわ』と言ってくれた」

そこで、言葉が少しだけ途切れる。
声にかすかな震えが混じった。

「でも、彼女は来なかった」

「どうしたんですか、そのあと?」
私は思わず身を乗り出してささやいた。

「後でわかったんだがね」
彼の声が少し重くなる。
「彼女はクビになっていた。
 責任者に彼女の連絡先を教えてくれと頼んだが、断られた。
 それどころか、二度とここへ来るなと言われたんだ。
 理由もよくわからないまま、彼女は跡形もなく消えてしまった」

エドワードは深く息を吐き、隣の空席へ目を落とした。

「そのあと私は、どうにか前に進もうとした。
 結婚もしたし、静かな家庭も持った。
 でも妻が亡くなってから、またここへ通うようになった。
 たぶん……ただ、どこかでまだ望んでいたんだ。
 何を、なのか自分でもはっきりしないけれどね」

喉の奥がつまるような感覚がして、私は小さく息を飲んだ。

「彼女は、あなたの人生で一番大切な人だったんですね」

「そうだよ」
彼は短く答えた。
「今でも、私の中ではそうだ」

「彼女のことで、覚えているのは?」
私は尋ねた。

「名前だけなんだ」
エドワードは静かに言った。
「エヴリン。それだけだ」

その名前が、スクリーンの光の中で不思議な重みを持って響いた。

「私、彼女を探すのを手伝います」

そう口にした瞬間、自分がどれほど大きな約束をしたかに気づいた。

エヴリンは、かつてこの映画館で働いていた――
そして彼女をクビにしたマネージャーこそ、私の父。
ろくに私を見ようともしない、あのトーマスなのだ。


父と向き合う準備

父に会いに行く、それは勝ち目のわからない戦いに挑むようなものだった。

私は地味めで堅実そうなジャケットを選び、
髪をきっちりと一つに結び直す。
細部まで気を抜けない気がした。

父トーマスは、秩序と規律を何より重んじる人間だ。
そのルールで自分も他人も測る。

家の玄関には、エドワードが帽子を手に待っていた。
不安と覚悟が入り混じった表情をしているのに、立ち姿はやはりきちんとしている。

「本当に話をしてくれると思うかね?」
彼が控えめに尋ねる。

「正直、わかりません」
私はコートのボタンを留めながら答えた。
「でも、聞かないわけにはいかないから」

映画館の事務所へ向かう車の中で、私は自然とエドワードに身の上話をしていた。
緊張を紛らわせたかったのかもしれない。

「母はアルツハイマーだったんです」
私はハンドルを少し強く握りしめる。
「私を妊娠している頃から、症状が出始めていて。
 記憶が、日によってまったく違う。
 ちゃんと私を覚えている日もあれば、
 私を見て『あなた誰?』っていう目をする日もあった」

エドワードは静かに頷いた。
「君には、つらい時間が多かっただろうね」

「ええ」
私は短く答えた。
「父――私はトーマスって呼んでますけど――は、母を施設に入れる決断をした。
 その理由は理解しているつもりです。
 でも、だんだん施設に顔を出さなくなって……。
 祖母が亡くなったあとは、全部私の肩にのしかかってきた。
 お金の面では助けてくれたけど、感情的にはずっと不在、って感じでした。
 遠くにいる人、というか。いつも距離を置いてる」

エドワードは多くを語らなかったが、その沈黙は私を落ち着かせる不思議な力を持っていた。
映画館に着くと、私は事務所のドアの前で一瞬立ち止まり、深呼吸をした。


トーマスの口から語られた真実

事務所の中では、トーマスがいつものように机に向かっていた。
書類はきちんと整列され、ペンの位置まできっちり揃っている。
彼の鋭い目が、まず私を一瞥し、次にエドワードへと移った。

「用件は?」
感情の読めない声が響く。

「こんにちは、トーマス。こちらは私の友人のエドワードです」
私は少し噛みながら紹介した。

「それで?」
表情は微動だにしない。

「昔、この映画館で働いていた人のことで聞きたいの。
 エヴリンという名前の女性、覚えてますか?」

ほんの一瞬だけ、トーマスの表情が固まった。
だがすぐにいつもの冷静さを取り戻し、椅子にもたれかかった。

「元従業員のことを話すつもりはない」

「今回は例外にしてほしい」
私は食い下がった。
「エドワードは、何十年も彼女を探しているの。
 せめて、知っていることを教えてあげて」

トーマスは、じっとエドワードを見据えた。
その目つきが、さらに冷たく細くなる。

「私は彼に、そしてお前にも、説明する義務はない」

そこで初めて、エドワードが口を開いた。
「私は彼女を、心から愛していました。
 彼女は、私のすべてだったんです」

トーマスの顎が固くなった。
「彼女の本当の名前はエヴリンじゃない」

「……え?」
思わず声が漏れる。

「エヴリンというのは、彼女が勝手に名乗っていた名前だ。
 本名はマーガレット」
トーマスの言葉が、空気を切り裂くように落ちた。
「お前の母親だよ。
 あいつは彼と不倫をしていて、そのために偽名まで使っていたんだ」
そう言って、エドワードを顎で示した。

部屋の空気が一瞬で凍りつく。

エドワードの顔から血の気が引いていく。
「マーガレット……?」

トーマスは、苦々しそうに話を続けた。
「彼女が妊娠していると知ったときには、すでに発覚していた。
 その子は――お前のことだ」
そこで初めて、彼ははっきりと私を見た。
冷たい表情に、初めてほころびが見える。
「彼女を彼から切り離せば、私に頼るしかなくなると思った。
 でもそうはならなかった。
 そしてお前が生まれたとき……」

トーマスは、大きく息を吐き出した。

「私は悟った。自分が、お前の父親ではないことを」

頭の中で何かが崩れ落ちる音がした。
世界が遠くなっていくような感覚に襲われる。

「知ってたの……ずっと?」
かろうじて言葉を絞り出す。

「私は彼女の生活を支えた」
トーマスは視線を逸らした。
「お前のことも、経済的には面倒を見た。
 だが、一緒にいることはできなかった」

沈黙を破ったのは、エドワードの声だった。
「マーガレットが……エヴリンだったのか」

「私にとっては、マーガレットだった」
トーマスは硬い口調で答える。
「でも、お前といるときの彼女は、別の誰かでいたかったんだろうな」

エドワードは椅子に崩れ落ちるように座り込み、震える手を見つめた。

「彼女は何も言わなかった……。
 私は、本当のことを何一つ知らなかった」

私は二人の間に視線を行き来させながら、鼓動が痛いほど速くなっていくのを感じていた。
トーマスは、最初から私の父ではなかった――その事実が、今やっと姿を現したのだ。

「私たち、彼女のところへ行くべきだと思う」
私は口を開いた。
「一緒に」
エドワードを見てから、トーマスをまっすぐ見据える。
「三人で。クリスマスは、赦しの季節でしょう?
 もし過去を正せる瞬間があるとしたら、きっと今しかない」

しばらくのあいだ――、時間が止まったように誰も動かなかった。